濁った人生の中にキッカケの糸を

早いものでもう26歳。そして海外へ移り住んだのが2年前。

26歳ともなれば少年ではなく青年となって、本格的にアラサーの仲間入りへと片足つっこんだ状態であります。

思い返せば「こっちに来た頃はお金もなかったし、仕事も友達も全部なかったのによく無計画でここまでこれたな〜」と。

なので今日はちょっと、人生における計画の意味を考えてみようというハナシ。

✔︎ 時間がない人へのまとめ

  • その時々の問題には、計画を立て、解決しようと努力し取り組んできた。
  • けれど人生において計画表を作ることは、何の意味もなさないと思う。
  • 10年前の自分が、いま海外にいるなんて想像もできなかった。
  • 人はその時々の好奇心だったり、興味のあることに純粋に従って生きていけばいい。
 
筆者:こんな人が書いてます

MaeSo(まえそ)本名:Soh Maeda(前田 聡)


2018〜ウィーン在住、WEBライター。20歳になった頃に海外のユースカルチャーに興味を持ち出す。そこから独学で英語を身に付け、同世代の海外の若者にインタビュー(人生観・価値観について)した当サイトの前身「THE MINORITY SHOW」を個人発刊。その後より肌で海外を感じたいと思い、ヨーロッパ移住を決断。詳しいプロフィールはこちら。

人生における大きな計画は意味をなさない

何かをはじめる時って「計画を立てろ」と結構な頻度で親や先生から言われ続けてきませんでしたか?

もちろん、それを良しとして生きてる人も多いんじゃないでしょうか。

例えば、小学生の時だと「夏休みの宿題は多いから、毎日◯ページずつして中頃までには終わらせておきなさい!」という両親の声だったり。

もちろん、そういった日々の積み重ねをスケジュール管理し、1つ1つの問題や課題に対しては計画を立てて、その先の目標を目指して精進していくことは賛成。

けれど、人生における大きな計画に関してはどうなんだろう。

思うに、僕はフリーランスという仕事上、クライアントとの出会いだったり、いま手をつけている仕事も、友人も、恋人も、どれをとっても「その時々のタイミングで、会うべき時に会うべき人  (モノ) と巡り合ってる感覚」が自分の人生の大半を占めているなと感じました。

こっちに移ってきた直後は、お金もなかったければ仕事もない。友達もいないっという「不安の連鎖」が重なってたので、不安と恐怖が襲ってくる感覚をいつも肌で感じてました。

それはまるで、物事全てが負のフィルター越しで見えてた感覚でした。

しかし、そこからは今の僕を作ってくれた仲のいい友人や、クライアントに巡り会えたことで、気づけばいつの間にか好きな場所で好きな人たちと、ストレスフリーで生活ができていた。

コスパ、コスパってうるさいんだよぃ!

この一種のバッタリ鉢合わせていく感覚は、今こうして流れ流れて生きてきた自分の人生の軌跡を見返すと、人生における大きな計画というか、人生設計に似たものを設定してこなかったから起こりえたことなんじゃないかなって

ライターになろうとして海外に移り住んだわけでもない。

むしろ今までの人生の中で、ライターを自分の「本職」として考えたことすらありませんでした。 

ここまで想定外のことのみで人生の4分の1を過ごしてみると、最近は全て流れに身を任せて生きることにしてみてます。

いまの時代、特にヨーロッパという場所の流れは早く、なんなら来年自分がどうなっているかも定かではないという状況。

大まかな流れとしては、もちろん来年には「今の生活を辞めて日本に帰っているという予定」はないんですが、想定していない新しい何かが起こる可能性は十分にあるんじゃないかなと、これまでを通して感じてます。

そうなってくると、計画を立てようにも立てられず、もはや「その行為自体が自分には意味を成さない」とさえ思えてなりません。

高校時代からの親友は以前「計画は現在の自分の位置と設定したゴールとの誤差を図るための指標で、それを遂行するためにどのくらいの速度で動くかを知る目安になるよ」と、いうようなことを言っていました。

たしかに例えば、ピアニストが「ベートーベンのソナタ悲愴の三楽章」全てを2ヶ月以内に完璧にしたいという計画を掲げて、1ヶ月経っているのに第一楽章の途中までしか出来てなければ「ペースを上げないといけない」ということに気づく。

それは計画を立ててこそ分かることです。

しかし人生で何を目指しているのか、短いスパンで見て3年後、いや5年後までにどうなっているのか。というようなアイデアも確立出来ないときは、やっぱり今の自分は流れのままに生きていくほうが合ってる様な気がするんです。

こうして頭の中で散らかっていた考えをまとめながら書くと、ただダラダラと生きてるように聞こえるかもしれません。

でも感覚的には「濁った水の中で何かきっかけの糸のようなものを手探りしながら掴んだ後、ゆっくりと自分の元に引き寄せて最終的には狙ってその流れに乗っている」というイメージだったりもします。

人生の計画を立てずにウィーンで生活を続ける今。

結果的には今年でもう26歳。

今後もしばらくは、手繰り寄せた糸を丁寧に紡ぎながら流れてみたいと思います。

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